”生きる”意味がわからなくなった時 すべきたった1つのこと

”生きる”って何だろう?
私はただ”生きる”生活を体験するために無人島生活を行った。

 

何のために”生きる”のか?
”生きる”ってなんなのか?

 

もし・・・
この問いかけに少しでも詰まってしまうなら、
是非このまま読み進めて欲しい。

 

東京のビル街と住宅街の往復で生活していると
自然に触れる機会が圧倒的に少なくなる。

 

水道をひねれば水が出るし、自分の手で他の生き物の命を頂かなくても
コンビニに行けば24時間食料は手に入る。
命の始まりも、命の終わりも目にすることはあまりない。

 

無人島で一人で生活すれば、そこに人間社会はなく、
常識も自分の頭の中にしか存在しない。
生きるために食料を探し、水を確保するのに2時間かかる。
朝日と共に目が覚め、日が沈めば眠る。
無人島に生息する海鳥やネズミ達と何ら変わらない時間になる。
限りなく動物としての生活に近く。何のしがらみもない世界。

 

もし、あなたが私と同じように無人島に1人で生活をすることになったとしたらどうだろう?
「私には無理」とよく言われてしまうが、それはなしで考えて頂きたい。

 

食べ物は確保できるのかな?
寒くないかな?
水はどうしよう・・・
色々なことを考えるだろう。

 

生活してしまえば、ただ”生きる”だけの生活に集中し、
社会の中で感じていた悩みはどこかへ行ってしまうだろう。

 

”生きる”とは本来、命を明日へ繋ぎ、子孫を後世へ残すこと。
それ以外の何物でもない。
本来、動物は”生きる”だけで精一杯。
無人島生活は”生きる”だけで精一杯

 

しかし、今の日本社会の中では”生きる”ことが簡単になり、
贅沢なことに、”生きる”以外のことが頭の中をかけめぐる。

 

ただなんとなくぼーっと過ごしている時間
仕事に全力になっている時間
休日に趣味を楽しんでいる時間
どんな時間も、限りある命(時間)が減っていっている。

 

どんな時も、誰かの存在によって支えられ、
自分が存在する場所があり、誰かと共に時間を過ごしている。
二度と同じ条件が揃うことはない、かけがえのない時間。

 

大切な時間を
誰と過ごすか?
何をして過ごすか?
どんな気分で過ごすか?
ヒトは意思の力によって全てを選択することができる。
そして、今この一瞬もあなたが何かを選択した結果うまれた時間。

 

でも、何か残したい、人の役に立ちたいと思うのが人間。
良いことするも悪いことするも、何をするにしても、
その評価はあくまでも人間が文明を築きはじめてからの
ごく短期的な人間的な価値観でしかない。

 

”生きる”とは命の時間が減っているその時の瞬間でしかない。
だから、何かするのか?生きるだけなのか?
どっちでもいいと思う。
ただ、死ぬまでの限られた時間に感謝しながら、
自分の人生を味わうこと。

 

それが何のために生きているのか?

”人生を味わうこと”

それが今の私の精一杯の答えである