参加の動機
自分は今回の無人島は2回目の参加でした。リピートしたいなと思った理由は、1回目の無人島で体験した自然の美しさと人の温かさに心をグッと掴まれたからです。2回いった今では、無人島でしか得ることのできない体験や気づきがあると確信しています。
自然に触れる
今回行った無人島は西と東にそれぞれ海岸がありました。それによって、朝日が昇り、夕陽が水平線の先に沈んでいく景色を大パノラマで眺めることができるんです!なんという贅沢!自分はこの体験だけでも来る価値があると思っています。
昼間に釣った魚はみんなで分け合って食べます。魚を焼くときは転がっている石で釜戸を作ってそこにフライパンをのせて焼きます。釣ってくれる人、捌いてくれた人、釜戸を作ってくれた人、火を焚いてくれた人、調理してくれた人、いろんな仲間がいたから食事にありつけます。
だから、無人島では「ありがとう」が飛び交っていました。そして、そんな一皿をいただく時にみんなで唱える「いただきます」には普段の食事とは違う重みがありました。あの一皿も無人島ならではのものだと思います。あの一皿を食べるため、そして仲間に振る舞うことで、心も体も温かくなります。
ありのままの自己表現
普段の生活では、仕事や課題などが邪魔をして他の人と腹を割って話す、自分の言葉を探しながら会話をするという経験は少ないと思います。しかし無人島では、与えられた時間をたっぷり使って相手と会話して、そして自分とも会話することができます。
無人島でのルールに、「敬語は厳禁」というものがあります。無人島で友人を作るということは、立場や年齢といった社会的な肩書きを超えて、ただ一人の人間として相手と向き合うことです。つまり、相手の立場や年齢が違っていても、そうした垣根を超えた友人関係が築けるということなのです。
無人島で共に過ごしていると、個々人の違った良さが見えてきます。それはきっとその人がそれまでの人生で培ってきたもので、いわば個人の文化とでもいうようなものだと思います。普段の生活では表に出ないその文化が、無人島という、仲間と助け合うしかない環境に置かれることで、全面に出てきます。
その人の行動、言葉、表情全部にその人の文化が滲み出ていて、話しているだけで楽しいんです。そんな個人の文化を一身で浴びると、こちらまで楽しくなってきて、普段は腹の底に沈んでいた言葉が浮上してきて、色んな言葉が出てきます。出てきた言葉に相手が反応して、さらに楽しくなって、もっともっと話したくなります。
2日目の夜に、焚き火を囲んで一人一人、無人島の感想を言っていく時間がありました。あの時間は格別です。一人一人が自分が受けて響いたものを言葉にしていて、聞いていて心がジーンと温かくなる言葉ばかり出てきます。あの時間を過ごすことで、参加者全員が無性に愛おしく感じてきて、より仲間への愛着が湧きます。あの時間も、無人島にいくことの醍醐味だと思います。
最後に
無人島という環境では、「仲間と助け合わなければ生きていけない」という当たり前のことをより強く感じることができます。自分は無人島で過ごしたことによって、以前よりも人に頼ることができるようになったと思います。
前までは「ちょっと迷惑かな」と遠慮していた言葉を、無人島でいうことができました。それは無人島が前述したような特殊な環境であるということと、そして無人島の参加者がみんな自分と必死に向き合ってきた優しい人だからだと思います。無人島の自然と仲間の力で、自分は成長することができました。