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無人島で再認識した共に生きることの大切さ(博多basic)

参加するまで

「サバイバル 体験」
これは私が《無人島プロジェクト》のことを知るきっかけになった検索ワードだ。

子どもの頃からジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』などの作品が好きで、知恵と限られた物資を駆使して生き延びるサバイバルへの憧れがあった。大人になってからディスカバリーチャンネルでサバイバルを題材にしたドキュメンタリーを見るうちに、本格的なサバイバルをしてみたいと思うようになっていった。

そんな私は、食事と睡眠以外のほとんどの時間、仕事や趣味でパソコンを触っているような根っからのインドア派である。サバイバルはおろか、アウトドアレジャーの経験もほとんど無かった。あまり身体は強くないし体力もない。そこで、まずはサバイバルを体験できそうなイベントがあれば参加してみたいと思っていた。

《無人島プロジェクト》を見つけたのは、締め切りの2週間くらい前だった。「これだ!」と思うものを見つけたときの興奮、このチャンスを逃すときっと後悔するという焦り、無人島という神秘的な場所への期待、色々な気持ちがもみくちゃになって私に押し寄せる中でチケットを購入した。

それからは目的地の無人島のことを調べ、Webサイトに掲載されていた全ての体験記に目を通した。しかしこの時はまだ、サバイバル的なこと以外にはあまり関心がなかった。特に「仲間」については。

集合場所〜出発

集合時間が近づくにつれて、今回一緒に無人島に行くメンバーが徐々に集合場所の博多ふ頭に集まってきた。内心、ものすごくドキドキしていた。学生時代は修学旅行のような集団でのイベントや班行動といったことがとても苦手だった。可能な限りそういう場面を避けてきた私にとっては最初にして最大の試練だった。

私は勇気を出して近くにいた数人に声をかけてみた。体験記で「敬語禁止」を知っていたのでもちろん「タメ語」で話した。なんとなく話しているうちに、初めて会ったばかりなのに、あっという間に打ち解けた。どの人も私にはない価値観やバックグラウンドを持つ人ばかりで、時間が許すならもっと話していたいくらい好奇心を刺激された。サバイバル一心だった私は、早くも心を開き始めていた。

無人島にて

島に着いて最初にしたことは、3日間のキャンプ用品を船着き場からベースキャンプまで運ぶことだった。アリの行軍のように、全員が一列になって、何かしらの荷物をもって島の奥へ奥へと進んでいった。木々が生い茂り足場が不安定な中、クモの巣を払いながら進んでいる時は、完全に開拓者の気分になっていた。

途中の道にはナンバープレートの外された軽トラや錆びた荷車、木彫りのフクロウの像のようなものがあった。今は無人だが、かつては人が住んでいた島だ。誰がいつ置いていったのか、どんな意味が込められているのか一見してわからないものは、ロマンがある。

そうして周りの自然やオブジェクトに見とれながら歩くうちに、あっという間にベースキャンプに着いた。
島では本当に色々な活動をした。釣り、火起こしや野草採取、料理、竹の食器作り、竹林のルート開拓など、自分の体力が許す限り多くのことをやってみた。

竹からいろいろな食器を作るのはとても楽しかった。竹の特徴を理解して、切り方や切る場所を変えることで1本の竹から炊事に関するさまざまなものを作ることができた。島にある資源を工夫して自分たちの生活に役立てることは、まさに私がやってみたかったことの1つだった。

野草採取やひたすら竹を切ってルート開拓をした時は小学生の頃に戻った気分だった。通学路にあった花や実を採って食べてみたり、なんでもない公園の林の中に入っていって「ここが今日から私の秘密基地だ!」と言っていたりした頃のことを思い出した。成長するにつれて薄れていってしまう感情を思い出してちょっと泣きそうになった。

しかしその頃と違ったのは、「一人」ではないことだ。
どんな作業も他のメンバーと協力して行った。というか、協力することがとても大事な場面がほとんどだ。

1日目の夕食は班で釣った魚や貝がメインだった。私は全然釣れなかったが、上手に釣れたメンバーのおかげで魚を食べることができた。いつもより少ない夕飯だったけれども、自分たちで調達し、一緒に食べた夕飯はとてもおいしかった。

2日目の火起こしは、火種に息を吹き込み続けることが上手くできず、同じ班のメンバーにお願いした。不甲斐ないと思いながらも、彼らのモチベーションが燃え尽きないように応援したり、火がなかなかつかないときはどうやったら上手くいきそうか一緒に考えたりするなど、とにかく自分にできることを探して行動した。試行錯誤の末に火がついて、みんなでハイタッチして喜んだときは、「最近こんなに喜んだことあったかな?」と思うくらいに喜んだ。

3日目にイカダで脱出するときには私の班はアクシデントがあって他の班よりも出航が大幅に遅れた。英語が堪能なメンバーの、ディズニーのアトラクションのような本格的なアナウンスとともに勇ましく出航したと思った途端、転覆したのだ。重いウキや竹を組み合わせてイカダを組み上げるのも大変だったのに、一度海に落ちた後、浜辺に戻って凍えながら修復作業をするのは体力、精神の両面で辛かった。でも、他のメンバーが一生懸命に作業をしている姿を見て自分の気持ちを立て直し、私も最後までやり切ることができた。対岸まで渡りきった時の達成感は今でも忘れられない。

上手くできなくても、怒ったり呆れたりする人は誰もいなかった。あれほど学生時代に集団行動が苦手だった私も、これらの3日間の活動を通じてどんどん話せる仲間が増えていき、最終日には全員と一度は会話したことがある状態になっていた。その中には驚くほど仲良くなれたメンバーもいてとても嬉しかった。

終わりに~無人島生活で得たもの~

年齢、性別、生い立ち、職業、あらゆるものを分け隔てなくつながることができるのが《無人島プロジェクト》の魅力だと思う。

社会人になって、新しい友達ができる機会は学生時代に比べて一気になくなった。実際に、大学の同期や、転職前の会社の同期とも疎遠になってきていた。人間関係が徐々に狭まってきているのを感じながらも、もともと人付き合いが苦手だった私の中で、新しい人間関係を作ろうという気持ちは消滅しかけていた。

無人島での3日間は、そんな私に「新しい仲間ができるよろこび」を思い出させてくれた。「仲間と協力してなにかを成し遂げることの素晴らしさ」を教えてくれた。失いかけていた大切なものを取り戻すことができた。

みんながいなければ一人でできなかったことがたくさんあった。みんながいたからこそ色鮮やかになった場面がいくつもあった。一緒に喜ぶ仲間がいることや、思い出を共有する仲間がいることは素敵だなと、心の底から思えた。

いつか一人でサバイバルをするときには、無人島での生活で得たこれらの気持ちを胸に秘めて行きたいと思う。改めて、3日間一緒に過ごしてくれたみんな、本当にありがとう。

Written by かなで

※2021年度は参加者、スタッフ全員に事前に抗原検査を実施し、陰性が確認できた方のみご参加いただいております。
※移動時、屋内活動時、就寝時等はマスク着用を義務付けています。